ウツギの日々趣味日記

ゲーム・アニメ・音楽・読書など。趣味のことをつらつらと。

推し漫画「株式会社マジルミエ」がついにアニメ化する/漫画アニメ化についての悲喜こもごも

 

utugishumi.hatenablog.com

2022年の出来事まとめ記事の時に、推し漫画として紹介していた一角の「マジルミエ」。お仕事もの+魔法少女もの+機械的なサムシングで魔法を生成する系と私の趣味を狙い撃ちしてきた本作がついに、アニメ化されることになりました!!!!

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前からアニメ映えすると思ってたんですよぉ!魔法の設定補完とかこだわったら結構よいのではと思うんですよ!

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ただ、いくつか心配な事があって、まずね越谷さんが可愛い寄りのキャラデザと声になってて・・・。

おかしくね!?この声優さんもっとカッコいい声出せるよね!?キャスティングはそれでグッドなんで越谷さんはもっと柄悪いディレクションでお願いします!!

うう・・・声はぴったりじゃなくてもいいんですよ慣れもあるし始まってみたら意外と良いやんとかもあったし(*1)。でもディレクションが違うのが一番つらい・・・。

そしてなんだこの絵は・・・もしかして低予算なのか・・・。

喜びと吐きそうの間で揺れています。以下、愚痴です。長くて読み辛いのが大丈夫な方はどうぞ。

※今回、アニメの放送時期はwikipediaを参考になるべく大雑把に記載しています(2023年12月1日閲覧)。その為若干不正確な部分があります。数年の期間にあれこれアニメ化について考える機会が多かった事を分かりやすくする為の情報補完なのでご容赦ください・・・。また、今回のテーマが漫画のアニメ化なので挙げる作品も原作を1巻でも読んだ事がある作品に絞りました。

アニメ化悲喜こもごも

私は作画厨というほど作画を気にしているわけでもないので、ブログでそう話題に出す事もありませんが、最近だと「惑星のさみだれ」(2022年夏ー秋)が省エネ作画で作られていて(制作はNAZらしいので違う会社の話になるが)同じ空気を今からもう感じています。
確かに「惑星のさみだれ」はフックとなる設定が少ないし、アニメ映えが期待できるタイプの作品ではない。漫画としても客観的評価は佳作程度の作品で、好みではなく途中で読むのをやめてしまいました。けれども青春ものとしては光るところがあって、ここまで酷い扱いされる作品とはどうしても思えなくて。(念の為書いておくと脚本はそんなにひどくはなかったです。)

でも、『じゃあ作画とキャスティング良かったら全部安心なんですかねえ!?裏切られた事もありましたよねえ!』というのを、ちょい前に台詞カットの解釈違い(*2)で1話切りした「チェンソーマン」(2022年秋)で実感していて・・・。

見てくれよこの時のワクワクを。もうね他全部好きなのに脚本で全部だめになったの。びっくり。(念のために書いておくと原作に変な思い入れ無ければ普通に楽しめると思います。*3

こういう実例を色々見ていると疑心暗鬼になってきます。気持ちをどこにおいてアニメを待てば良いのか私は・・・。

作画負担への不安

そしてさらに不安を煽るのが少ない描写でも出てくるCG表現。制作が「萌・J.C.STAFF」となっておりますが、株式会社萌は最近のアニメで撮影やCG制作でちょくちょく見かける名前です。最近だと「呪術廻戦」(2023年秋現在放送中)のOPED撮影(*4)をやってたり、「THE FIRST SLAM DUNK」(映画、2022年12月公開)のCG協力をやってたりするみたいです。一応、メインでアニメーション制作を担当する事もあるようですが、基本的には足りないスタッフを補填するお助けスタッフポジションのようです。ところが今回は結構がっつり関わっていそう。この雑なCG、「萌」の仕事では・・・?

納期の香りがする・・・。裏方ポジからいきなりメイン描写に関わって大丈夫・・・?こうもっと段階とかさ・・・。

もう一方のJ.C.STAFFはここ数年、作画が酷い時がままあり、今回はそっちに当たってしまった印象。

「ゼロの使い魔」(1期:2006年春、2期:2007年夏、3期:2008年夏、4期最終:2012年冬)あたりからこの制作会社に親しんできた身としては、手堅く作ってくれるポジションの会社がガタついているのに恐ろしさを感じています。まあ、おそらく予算あんまりくれなかったんだろうなと思いますけど・・・。

今年春の「贄姫と獣の王」(2023春ー夏)*5)は良かったですし。

予算相応の仕事をするようになったのであれば業界の先行きを考えれば歓迎するべきことなんですが、それはつまり集英社てめえマジルミエを軽く扱ってんな!?となるわけで・・・。ものすごく複雑。

アニメの描写補完について

それと、漫画がアニメ化する度に思うのは、わりと表現を削って見せられる漫画と違って、アニメは詰めなければいけないところが多いということ。音、動き、漫画以上に尺の制約が厳しいのがアニメ。

そして、作者が設定集を律儀に作るタイプじゃなかった場合、アニメスタッフが頑張らねばなりません・・・。「マジルミエ」は魔法設定についてはわりとソッチ寄りな雰囲気でして。

確実にアニメ化されない部分ですが73話などわかりやすいですね。多分外郭としての用語体系やメイン設定はできてるんだろうけど「どういう風に発動します?」「各言語の特徴って具体的にどうなってます?」「変身シーンの設定資料あります!?(重要)」みたいなアニメで起こす時に必要なディティールは詰めてないんだろうという感じの漫画なんですよ。

まあ言語とかアルトネリコ並みの物を連載式の漫画でお出ししろというのは強欲というものですし、多分メインはそこではないし、私はなんとなく脳内補完しながら読んで満足しているのですが。アニメでどこまでそれっぽく演出できるんだろうか。と・・・。

フリッフリの服着た社長がイケボで躍動していればいい?それはそう。

そうなんだけど・・・。

やっぱ魔法描写のアニメ化が一番見たいんだよな・・・。

好き≠完成度 完成度≠良いアニメ化

好きだった作品がアニメ化する時はいつもぶち当たる問題です。主観的に作品を好きだと思う気持ちと、客観的な作品の完成度には開きがあって、そこに他人の尺度や人気というものも入ってきます。

一番最初に浮かぶのは「封神演義」(旧(仙界伝):1999年夏ー秋 新(覇穹):2018年1月 - 6月)でしょうか。あれほど漫画の面白さとアニメの出来が噛み合っていない作品はそうないでしょう。面白いからといって良いものを作ってもらえるとは限らない、悲しい実例です。

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あとは少し前、「シャド―ハウス」(2021年春、2022年夏)がやらかしていましたね。1期完結前提で重要な伏線を変更、打ち切りエンド脚本を書いた結果、2期が始まった時にどうしようもない矛盾を抱えてしまいました。本当、当時見ていた時は「どうして1期で終わると思った!?キャラクターに主従関係に恋愛要素に考察しがいある謎に人気出る要素たくさんあるでしょ!?」と叫びたくなりました・・・。

もし関係者が「これは2期が作れる原作だ」と分かっていたらと思うと悲しくてなりません。ジョン推しだったのでジョンの好きなシーンが全部改悪されていて最悪のアニメ化でした。もう12話なんて何の罰ゲームかと。その部分以外の出来は完璧に近かったというのに・・・。

でも、私も本当に作品の人気度を理解できているかというと微妙なところ。「鬼滅の刃」(立志編:2019年春ー夏、無限列車編:2021年秋、遊郭編:2021年冬、刀鍛冶の里編:2023年春)アニメ化は主観的な熱狂に寄った人気になって若干引いたくらいですし。どこまで自分の感性を信じて客観的評価を下せば良いか、難しいところなんですよね・・・。そう思うと「シャド―ハウス」の一件もあまり責められない・・・。

運と実力

そんな中、最近だと「アンデッドアンラック」(2023年秋現在放送中、以下アンデラ)のアニメ化が自分の評価と周りの熱狂がかみ合って現状満足度の高いアニメ化になっています。本当に大好きな漫画のアニメ化でもう純粋に楽しみたいところですが、こうあれこれ続いて起こると、どこまでが運でどこまでが実力だったんだろう。とつい考えてしまいます。

「アンデラ」はもともと漫画として構成がとても丁寧です。そのまま脚本に採用しやすく、アニメ化するにあたってフックとなる要素がはっきりしているのでプロモーションも作りやすく、作品として長く手堅い評価を得ていて力をかければ確実にファンがつくのが分かっているから相応のコストをかけてもらえた、という部分は間違いなくある(*6)。そうして良いスタッフを引いた時に熱狂させるだけのポテンシャルがこの漫画にはあった。

不死と不運

不死と不運

  • 中村悠一
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でも、他のスタッフだったら1話から「原作熟読しました宣言」をするでしょうか。原作の構成をなるべくそのまま使う脚本でやってくれたでしょうか。モブ描写を大胆に削って主役に作画労力を割くという作戦も思いつかなかったかも(*7)。

OP・EDの出来を見ても(映像作詞も含めて良かった)、他の全ての要素を見ても、良い関係者に恵まれたとしか思えない要素が多かったんです。じゃあ、一体どんな原作漫画が良いアニメ化を引き当てるというのか・・・。

全ての漫画作品がそのままアニメ化され、その漫画の出来通りの評価を正当に受ければ一番簡単なんですが、どれだけ原作に忠実になってもそのままアニメ化なんて絶対にありえません。「アンデラ」のように、それがかえって良かった(*8)ということすらある・・・。

原作付きの作品についてレビューを書き辛いところですね。ただでさえ背景を無視した純粋な作品批評には葛藤があるのに色々な事情がのしかかってくるんですもの。「チェンソーマン」の時も1話の文句記事どうしようか迷って結局書かなかったんですよね・・・。今回はどうしたものでしょうか。来年、来年か・・・。

嗚呼、マジルミエ。どうか良い魔法描写を。良いアニメ化になりますように・・・。

 

(あ!いま「株式会社マジルミエ」は1話-77話まで無料で読めるから皆読んでくれよな!なんならコミックスになってない部分も全部無料で読める!12月12日までだぞ!増えろ!ファン!)

shonenjumpplus.com

 

 

(脱字修正が反映されていなかったので修正)

(2024.02.07 語弊がありそうだなという場所に脚注いれました)

 

追記:キャスティングの話で「D.Gray-man」の話を書こうか迷いました。声を完全に忘れてたので後で見返します。ただ、流石にそこまでやると長すぎるので記事分けます。この話題、もうちょっとだけ続くかも。

*1:他で書く機会なさそうなので余談。

たとえば「進撃の巨人」のリヴァイ兵長は最初イメージと違ったんです。演技とトーンはそれなんだけど声質はもっとこう・・・って感じで・・・。あと私、神谷さんの朗読しているような平坦な声が苦手で。和風系の話だと神聖みでてハマるけど(夏目友人帳の夏目とか)他ジャンルだと平坦さに違和感覚える事あるんですよね。でも、終盤にかかって完全に慣れました。最終盤の演技見てこれで正解だったじゃん、と。

最終話も見ましたが長編作品で主役格のキャスティングが全部「これで良かった」って思える作品は久々に見たかも。あと、主人公のキャストがあれだけ原作者の信頼を得る作品もそうないでしょうね。(仕事の流儀の件とか。あれは漫画のシリアスなギャグノリがあったからギリギリできた番組な気がするし賛否あるでしょうが。)エレンの声が梶さんで本当に良かったな・・・。

*2:『俺達の』が無かった例のアレです。

*3:ただ、原作未読勢だとやりたい事が取っ散らかってて「ぶち上げられてたわりに普通の出来」に見えるだろうし、原作の熱狂的なファンだと演出や描写の変更で「えーあれがいいのに!」とモヤモヤする。そういうアニメでした。

*4:『アニメ撮影とは、アニメの作画や音声などの素材を組み合わせて、作品を完成させる工程になります。「撮影」と呼ばれている職業ですが、カメラを使わないで行う工程です。アニメ以外の映像制作における「編集」に該当します。たとえば、映像のエフェクトや音声の調整などを行い、アニメ作品の魅力を最大限に高める役割です。アニメ撮影はアニメ制作における最終工程なので、アニメの完成度に責任を持つ役割になります。』引用:

アニメ撮影になるには?|仕事内容や必要なスキルを解説 | 声優・アニメ・eスポーツ・ゲーム業界コラム

*5:最推しはラントベルトですよろしくお願いします。ファーストコンタクトは「暁のヨナ」目的で買った巻で(基本的には単行本一気読み派なんですけど先が気になって)どどーんとワニの御姫様の絵が出てきてロマンスしてて驚きましたね。えっ・・・ケモノ要素強いの連載して人気出るんだ!続くんだ!?世間どうなってんだ!?(最高か?)って。

で・・・衝撃のまま時が過ぎ気付いたらアニメになってるんですもん。ケモノ成分のみならず童話成分を補給でき満足です。

*6:「アンデラ」は本当に構成が丁寧なんですよ。
「否定者」「円卓」「ユニオン」といった単純でありながら印象的な用語。そしてアンディの「いいね 最高だ」風子の「来るよ 不運が!」といった、コマ組みをやりやすくするフック台詞が多い。
他にも設定を読者に分かりやすく説明する構成的な工夫が随所に散りばめられていて、設定を読まされている感なく世界観に入り込める。ほんと良く練られている作品だなと。

映像化するのも、納期や作業時間を度外視したらだいぶ楽しいタイプの作品だと思います。能力が明らかになった時のテロップなんか見てる側も滾りましたし、この技こう動かすんだっていうワクワクが毎回あって。

細かいところだけど2話以降のシェンの見る描写が漫画より気付きやすくなってるの良かったですね。あとはスポイル回が好きな身としてはテンポ落ちてもあれで良いと思いましたよ。尺調整大変なのに丁寧に作ってくれてありがとうアニメスタッフ・・・。尺の概念を否定してこのスタッフで完璧なアニメ化が見たいよ・・・。

*7:1話のモブカットは結構悲しかったですけどあれを全部書け、は拷問ですよね…。6話でどうしても必要ならCGで出すという答えも出してくれました。CGの出来も結構良かったな…

*8:尺の都合があって完全再現できなかったのがかえってという意味です、念の為。原作が至高なのは書くまでもない